中国製自転車製造における孤軍奮闘記録−89−素人集団を率いることは困難極める。

まず会社というものは組織の問題です。そして人材の問題。そしてリーダーの問題これが会社の土台だと考えています。
つまり土俵(土台)がしっかりしているかという問題です。
土俵がしっかりしていないと何を議論しても無駄なのです。つまり基準があやふやというよりないのです。
何をするにも一から教えなくてはなりません。
土俵に上がる前の問題ですから、教えると言っても自転車のことを教える前のことを教えなければならないのです。
(土俵があって初めて自転車の教育ができるのです。)
つまり物づくりのことからです。
なんでもそうですが、技術が関係する問題は基本ができていないと、すぐにボロを出すのです。技術はごまかせないのです。
ましてや工場の技術問題は全体のレベルを上げることで、そう簡単に底上げができる問題ではありません。
みなさん物造りは思想が大事なのです。つまり愛、しかし物造りの思想教育ができる人は少ないのでは。
ある意味、自転車の教育はできると考えますが、それでは日本に送る自転車は出来ないのです。
ですから毎回同じ問題が繰り返されて、一向に収束しないのです。私はそう考えます。
この問題分かってくれるようで、分かってもらえません。分かっているようで、このことの意味を理解できる人は少ないと考えます。
なぜかって!?もの造りを知らないからにほかなりません。なぜかって?皆当たり前だと思っているからにほかなりません。
ですからあたりまでない場合、どういうことになりますか?
結果は自転車を知らないし、自転車に愛を込められないのでしょう。
その人たちが自転車を造って売っています。多分問題が多くて利益まで生むことは難しいと考えています。
自転車品質問題、企画設計、生産、全てのバランスが取れていることが求められます。
これが一体になって初めてある一定以上の自転車が生まれるのです。一定以上の利益が生まれるのです。
しかし、自転車はこのうちどれかに問題があっても、自転車生産されそして販売できるのです。
ですから自転車は悲しいと感じるのです。
中国の一流企業を除いてこれらのバランスを考えて、これらを目標にする会社はないと感じています。
つまり人材が揃わないのです、人材を育成しないのです。長期的な人材育成は考えていないです。
そして教育できる人も極端に少ないと感じています。
ですからいつまでたっても品質は一定以上伸びないはずです。これ断言します。
ですから日本側もいたちごっこのはずです。これ断言できますね。