中国製造自転車での孤軍奮闘記録−32−自転車設計を考える-2

自転車設計をする場合にはまず、部品が頭に入っていなければなりません。
これ当然のことです。
しかし一番重要なフレーム設計において、基本が出来ていないと考えています。
部品がきっちと頭に入っていないということです。
基本的フレーム寸法知識がないと感じられます。図面を見れば一目瞭然。
日本側からの寸法指定は殆どありませんから、また若い設計者、基本を教えてもらっていませんから、書き方も分からないのです。
乗りやすい自転車はどのようにしたら良いか、ごくごく簡単な基本寸法の出し方も、資料を持っていないようですし、作っていません。
自転車に悩んできていませんから、これも当然のことかも。
またチェーンラインの件においても、基本的知識がない場合も見受けられ、唖然としたことも有りました。
私は確認したかったことがあるのですが、確認する機会を失ったことは、中国国営企業鳳凰に一度行きたかったのですが、
其のチャンスはあったのですが、希望はかないませんでした。
かなわなかった理由は、『見るものはない!』という理由からです。
自転車は大阪堺の鉄砲鍛冶の技術が発展して、堺で自転車が造られるようになったとか。
つまり作り方は絵を描いて、其の上にフレームを乗せて、寸法及び角度を出すという方法は、其の名残ではないかなと、勝手に想像しています。
話は変わりますが、大昔の事ですが、日米富士自転車にいた時のこと、競輪選手用のフレームを作っていました。
設計は競輪選手の要求どおりの寸法で、三角関数を使っての図面管理は、最終的な誤差の範囲内で設計されているか、計算で確認しました。
そして造る人も造る人、当時は名の知れた職人さん(確か瀬戸という名字)だったようです。
寸法精度は図面とほぼ同じ(公差0?)で出来上がるとか、常にパイプ加工、
そして溶接熱の関係まで、頭に入っていたようです。まさに職人の技、匠の技です。
自転車はやはり職人が造るものだと感じさせられる経験でした。
それもそのはず、競輪選手は以前と同じフレームスケルトンで、製作依頼して来ます。
落車でよくフレームを変形させるからです。
そして少しでも新しく造ったフレームの、角度等が狂っていると分かるようですから、なおさらです。
まあ中国においては、特別の会社を除いて、根拠あってのフレーム寸法ではないようです。
何かの真似から発展した寸法でしょう。
まあ自転車はなんら知識が豊富ではなくても、形になり乗れるから、それ以上のことは、コストの関係もあり、必要ないのかも。