「自転車」で駆け抜けてきた人生−2284−中国自転車製造における孤軍奮闘記録

私、「自転車」との出会いは、
1.現在も大阪堺シマノ自転車博物館の学芸員をしているかな?中村博司さんのテレビ番組「素晴らしき自転車野郎」
  これは40年以上経った今も衝撃的に脳に刻み込まれています。
2.そして、東京中野の原サイクルの中古三段変速自転車と買ってもらったこと。
  そしてそのあとはブリヂストンオーバル10という自転車を買ったこと。
3.学校で後に日本車両検査協会に入社した今は亡き早川雅洋さんとの出会い、そしてサイクリング同好会の結成。
4.そしてその早川さんが見つけてくれた「おい!日米富士自転車が社員募集しているぞ」という一声で校内開示を見ることに。
5.そして卒業後に日米富士自転車に入社
6.そして大阪堺にあった坂本製作所でのフレーム設計生産。
7.そして今度はホダカ株式会社でGIANTの中国工場の駐在員。
8.そして退職後は再生自転車の工場へ
9.そして今は中国の自転車工場勤務。

振り返ってみると実にいろいろなことがありました。